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John Bacchus Dykes, 1823-1876

『教会福音讃美歌』掲載曲

作曲:1番「聖なる 聖なる 聖なるかな」
作曲:34番「イェス君の御名は」
作曲:317番「いときよき神を」
作曲:408番「み恵みあふれ輝く光よ」


ジョン・バッカス・ダイクス

誕生:1823年3月10日、キングストンアポンハル、イングランド。
死亡:1876年1月22日、タイスハースト、サセックス、イングランド。
埋葬地:聖オズワルド教会、ダラム、イングランド。

ダイクスの父親は、造船業者、後に銀行家となったウィリアム・ヘイ・ダイクス(William Hey Dykes)で、母親はエリザベス・ハンチントン(Elizabeth Huntington)であった。そして妻は、スザンナ・キングストン(Susannah Kingston)であった。
12歳ごろ、ダイクスはハルのセントジョンズ教会(St. John’s Church)でオルガニスト助手になった。ヨークシャーのウェイクフィールドとケンブリッジのセント・キャサリン・ホール(St. Catharine’s Hall)で学び、ダイクス特待生(Dikes Scholar)、ケンブリッジ大学音楽協会会長となり、古典の学士号を取得した。1848年、ヨークシャーのマルトンで副牧師になった。しばらくの間、彼はダラム大聖堂の聖堂参事会会員となり、1849~62年には教会聖歌隊の先唱者を務めた。1862年には、ダラムのセント・オズワルド教会(St. Oswald’s)の教区牧師になった。彼は息子をジョン・セント・オズワルド・ダイクス(John St. Oswald Dykes)と名付けた。また自分の曲のひとつをセント・オズワルド(St. Oswald)と名付けた。
ダイクスは宗教に関する説教や論説を出版しているが、何といっても300以上の讃美歌の作曲で知られている。彼は音楽において、また聖職者の仕事において、同時代の大多数より神学的論争について独断的ではなかった。彼は讃美のメロディーを指定する時、しばしば自分の教派である英国国教会以外の讃美歌を用いた。ダイクスは作曲の他にも、オルガン、ピアノ、ヴァイオリン、ホルンの演奏の賜物があった。

作曲作品:
Alford
Almsgiving
Beatitudo
Blairgowrie
Calm
Charitas
Christus Consolator
Come unto Me
Commendatio
Derry
Dies Dominica
Dies Irae
Dominus Regit Me
Durham
Easter Chant
Ersurge
Esca Viatorum
Etiam et Mihi
Faith
Ferrier
Fiat Lux
First Fruits
From Far Away
Gerontius
Gethsemane
Glastonbury
Glebe Field
Hollingside
Horbury
Hosanna
Illumination
In Tenebris Lumen
Jesu, Magister Bone
Judea
Keble
Laud
Lindisfarne
Lux Benigna
Lux Vera
Mary Magdalene
Melita
Nicaea
Now All the Bells Are Ringing
O Quanta Qualia
Olivet
On the Birthday of the Lord
Once Again, O Blessèd Time
Paradise
Pax Dei
Prince of Peace
Requiescat
Rivaulx
Salvete Flores
Sancti Venite
Sanctuary
Shoreham
Sleep! Holy Babe
St. Aelred
St. Agnes
St. Alban
St. Anatolius
St. Andrew of Crete
St. Bees
St. Cross
St. Cuthbert
St. Drostane
St. Godric
St. John
St. Philip
St. Ninian
St. Oswald
St. Sylvester
Stabat Mater
Strength and Stay
Trinity College
Veni Cito
Veni Creator
Vesperi Lux
Visio Domini
Vox Angelica
Vox Delicti
Zug