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John Keble, 1792-1866

『教会福音讃美歌』掲載曲

作詞:494番「救い主イェスよ まことの光よ」
作詞:495番「来る朝ごとに」


誕生 April 25, 1792, Fairford, Gloucestershire, England.
召天 March 29, 1866, Bournemouth, Hampshire, England.
埋葬地 All Saints churchyard, Hursley, Hampshire, England.

 キーブルは、コルネの教区牧師の息子であった。オックスフォード大学で華々しい成績を収めた後、彼は聖職への召命を受け、イースト・リーチ及びバーソープの牧師補となった。1827年、彼はThe Christian Yearを発行。一年を通しての日曜日また教会における記念日に関する聖書の霊想を扱うもので、一時的な好評を博した。1831年、キーブルはオックスフォード大学の詩の教授に就任。1833年、彼は有名な世の終わりの大信販に関する説教を発表することによって、オックスフォード運動の土台を据えた。1835年、彼はハーズレーの牧師職を受諾し、残る生涯その職に留まり続けた。
キーブル師は謙遜の人であり、おそらくその業績は彼を尊敬している人々が想像している以上のものがあったはずである。ある時、彼は英国南部の教区牧師を伴って、地域の日曜学校を訪問して回った。教区の責任者がキーブルに、何か短いお勧めのことばをいただけませんかと依頼した。すでにキーブルは、彼の作った讃美歌で良く知られている人物だったので、子どもたちも彼のお話なら心に留まるだろうと考えたのである。キーブルはそれを固辞しようとしたが、教区責任者がお願いし続けるので、ふと、「子どもたちに何か讃美してもらえませんか?」と頼んだのである。子どもたちの讃美が終わると、キーブルは顔を輝かせてこう言った。「愛する子どもたち、皆さんはとても美しく讃美してくださいました。皆さんの生涯が同じように、主と調和したものでありますように。そうしたら、皆さんはきっと天国で天使たちと共に讃美する人になるでしょう」と。